そーだいさんはきっと怒っている。
と思ってましたが、実はそーだいさんは全く怒っていませんでした。
このブログでは「そーだいさん」という上司と、私の気づき・学びを文章に残します。 そーだいなる Advent Calendar 2025 9日目の記事です(今日は2026-01-09です!)。
そーだいさんはきっと怒っている
自分に送られてきた文面をみて「きっと怒っている」と思っている経験はありませんか? 実際ガチで怒っているパターンもあるかもしれないので難しいのですが、「きっと怒っている」という過度な思い込みによって、勝手に自滅し、コミュニケーションロスを引き起こしてしまうことがよくありました。
これにはいくつか理由がありますが、私のケースでは自分の中で暗に期待している「文面」と、実際に送られてきた「文面」のギャップから、これは「きっと怒っているに違いない!!!」と解釈してしまう癖があったのです。 そうやって書いたり消したりを繰り返すうちに、レスポンスは遅くなり、言葉には余計な言い訳が混ざり、コミュニケーションはさらに迷走していく。かつての私は、この負のループにどっぷりと浸かっていました。
そーだいさんは怒っていない?
ある日のことです。 「きっとそーだいさんは怒っている」と怯えつつも、目の前の課題を解決したいので、怒っていてもいいからちょっと会話してみようと思い「ちょっと通話で喋れますか?」と声をかけてみました。
すぐオンライン会議に応じてくれたそーだいさんと喋ってみると...あら不思議、全く怒っていなかったのです!!!
数十分の会話中も一切怒ってなくて(むしろ普通に優しかった)、会議が終わった後めちゃくちゃ拍子抜けしたのを覚えています。 これは自分の精神もすり減っているし、相手にとっては勝手に怯えられて困惑するし、微妙なことしかないのでは???と思い、内省することにしました。
そーだいさんは怒らない
すこし立ち止まって、冷静にそーだいさんのことを考えてみると、
- 「ヒト」ではなく「コト」に向き合っている人
- 感情で殴るのではなく、常に課題を解決することに重きを置いている
- フェアであるために、パブリックに、率直に、その場でいう人
- 素早いフィードバックで、飾らない(という特性)
- そもそも格ゲーやってる時しか怒らない人
- 個人の見解です
私はそーだいさんが仕事で怒っている姿を、一度も見たことがなかったのです。 それなのに、勝手に「怒っている」と思っていることが多くありました。
対して自分のことを考えてみると、
- 「怒られることの恐怖」が強い傾向がある
- その結果、慎重で遅く微妙なレスポンスを投げている
- 自分で精神負担をかけて勝手に疲れている
もったいねぇ〜〜〜と心底思いました。
自分の特性を認識するのは大事でありつつも、「いま自分は考えすぎているかもしれない」というトリガーを作ることはできそうです。 また、ちゃんとコトと向き合っていれば「怒られてもいいか」と思えるくらいの度胸はあることにも気付きました。
これらを認知してからは、自分の中の前提で「そーだいさんは(仕事では)怒らない」はずであるし、「コトに向き合っている限り、萎縮する必要はない」という気持ちになれて、以前よりシュパっとコミュニケーションをとれるようになりました。
まとめ
なんかよくわかんねえポエム記事になってしまいましたが、伝えたいことは以下です。
- その「怒っているかも」のエスパーは無駄なのかも
- 自分の特性・相手の特性を理解する
- ふりかえり・むきなおりは大事!
何かの参考になれば幸いです。これなんか参考になるのかな、シンプルに自分の恥ずかしい暴露な気がするけど、それもまた人生か〜!お読みいただきありがとうございました!